長野市風間・常福寺の本堂正面
2026年7月23日、長野市風間にある真宗大谷派・常福寺を訪ねました。夏の光のなか、本堂へ向かう境内には木々と石灯籠が静かに配され、門をくぐると町の暮らしに寄り添ってきた寺院らしい落ち着きが広がります。ここは山号を鷹苑山といい、阿弥陀如来を本尊とするお寺です。堂内の荘厳、鐘楼、参道を歩きながら、土地の歴史と人々の聞法の時間に思いを巡らせました。

正面から見る本堂。長野市誌によれば、常福寺は本願寺八世・蓮如の孫にあたる実恵が永正12年(1515年)に創建したと伝えられています。越前から善光寺、高山村の山田を経て現在地へ移ったという伝承もあり、北信の真宗文化の広がりを今に伝える寺院です。
風間館跡に息づく寺院
常福寺の寺地は、かつての風間氏の館跡と伝えられます。長野市誌には、風間氏が中世の地域史に名を残す武士の系譜として紹介されており、寺を訪ねることは、信仰の場だけでなく、この地に積み重なった中世の記憶に触れることでもあります。現在の静かな境内からは、かつて堀も残っていたという館跡の姿を想像させます。
門前から境内へ向かう動画です。参道を進むにつれて本堂が近づき、日常の道から祈りの場へと気持ちが切り替わっていきます。長い年月、地域の人々がこの道を通って集い、教えを聞いてきたことが感じられる風景でした。

境内から本堂を望む一枚です。石灯籠と松、砂利の白さが夏空に映えます。真宗大谷派は親鸞聖人を宗祖とし、阿弥陀如来を本尊とする教えを受け継いでいます。特別な人だけのためではなく、誰もが阿弥陀仏の教えに出会う道として語り継がれてきました。

本堂へ続く参道を正面から眺めると、建物と庭の間に心地よい余白があります。寺は法要やお勤めの場であると同時に、地域の人が季節の移ろいを感じ、人生の節目を迎える場所でもあります。整えられた境内は、その時間を静かに受け止めているようでした。
真田信重と「鷹苑山」の名
常福寺の歴史で印象深いのが、真田信之の三男・信重との関わりです。長野市誌には、信重がこの寺に帰依し、鷹狩りの折に寺内の茶屋で休んだと伝えられることが記されています。その縁から「鷹苑山」と号し、六連銭の紋を用いるようになったといいます。山号と寺紋に残る物語は、寺が地域と歴史上の人物を結ぶ存在であったことを伝えています。

堂内に入ると、内陣の荘厳と欄間の彫刻に目を引かれます。木のぬくもりと金色の装いが調和する空間は、法要のためだけでなく、立ち止まって自らの生き方を聞き直すための場でもあります。外から見た本堂の端正さとは異なる、奥行きのある時間が流れていました。
動画では、堂内の柱や欄間、内陣の奥行きをご覧いただけます。声をひそめたくなるような静けさのなか、光の当たり方によって表情を変える木組みや装飾が印象に残りました。

本堂に掲げられた寺額です。「鷹苑山」という山号に目を向けると、真田信重の鷹狩りの伝承と結び付いていることを思い出します。建物の細部には、寺の名称だけでは語り尽くせない由緒が刻まれています。

夏空を背景に立つ鐘楼。鐘の音は時刻を知らせるだけでなく、日々の慌ただしさから少し距離を置き、自分自身を振り返るきっかけにもなります。瓦屋根や松とともに、鐘楼は境内に穏やかな表情を添えていました。
寺の外周を歩く動画です。白壁、板塀、瓦屋根が続く景観からは、寺が地域の風景の一部として大切にされてきたことが伝わります。境内の内と外を行き来すると、常福寺が信仰の場であるとともに、風間の歴史を受け止める場所であることを実感します。

参拝を終えて山門を振り返ると、境内に満ちていた静けさが心に残りました。創建の伝承、館跡、真田家との縁――常福寺には、幾つもの歴史の層が重なっています。目の前にある建物を眺めるだけでなく、その地で暮らした人々の時間を想像することが、寺院巡りの大きな楽しみです。
旅先で寺を訪ねる時間は、土地の歴史と人の営みをゆっくり受け取る時間でもあります。 長野市風間の常福寺で見た光と木のぬくもりが、これからも地域のなかで大切に受け継がれていくことでしょう。
